ハリー・ポッター最終巻の邦訳発売の狂乱
「ハリー・ポッター」の最終巻の邦訳が昨日発売されたようです。
昨日書店に行ったところ、店の前にハリー・ポッターの最終巻が山のように積まれていて、店員がtonikaku販促活動をしていました。
店内にもハリー・ポッターの最終巻がタワー状に組み合わされてそびえ立っていました。
私は、誰があんなに買うのだろう、と思いながら通り過ぎました。
その後、書店で本を物色していると、店内アナウンスで「今日は、ハリー・ポッターの最終巻の発売日です云々」と宣伝していて、うるさかったです。
書店に来ている人がみんなハリー・ポッターファンでもあるまいし、静かな環境で本をゆっくり選びたいだろうに、余計なことをするなと思いました。
「ハリー・ポッター」は私が挫折した数少ない本の内の一つです。
非常につまらなくて、読み終えることが出来ませんでした。結局、数年放置した後、続きを無理して読みました。(今読んでいるドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」も著者の独善的、自己中心的思考、あまりの非論理性に耐えられず、挫折してしまいそうです)
子供向けの本でもおもしろい本もあるのに、なぜハリー・ポッターだけがこんなにつまらないと感じたのかを考えてみました。
まず、物語が単純すぎるのだと思います。
徹頭徹尾、勧善懲悪のビルディングスロマンで、ステレオタイプの悪役とヒーロー。
予定調和のストーリー。
魔法使いが魔法の使えない人々を馬鹿にして「マグル」という蔑称で呼んだりしているという世界観も受け入れがたいです。
主人公たちを階級が低いという理由で差別するキャラクターを悪役として描く一方で、魔法の使えない人々に対して差別意識を持っている主人公達は善人のキャラクターとして描かれている
矛盾も気になって仕方がありません。
ハリーが居候していた家の家族や魔法学校のいじめっこの描き方がひどく、(ロアルド・ダールを彷彿とさせます)このような描写で主人公に同情させようとする作者への嫌悪感を感じました。
そして、魔法世界でハリーはろくに魔法も使えず、何も知らないのに、大魔法使いであるかのように扱われて、ちやほやされる様子が納得できず、ハリーの没個性的な性格も相まって、ハリーに全く感情移入出来ませんでした。
何の取り柄もない、いじめられてばかりの子供が実は世界にとって重要人物だった!というような話はよくありますが、「ハリー・ポッター」では現実感も説得力もありません。
ハリーは負けることがない。
ハリーはいつも敬われる。
この物語の中では、ハリーにとって本当に都合の悪いとは一切起こらない。
その予定調和が私には耐えられませんでした。
どうせハリーが勝つのだろう。
どうせハリーの都合の良いようになるのだろう。
全てがつまらない、茶番のように見えました。
もしかしたら、私が小学校低学年の頃だったならおもしろいと感じたのかもしれませんが。
世間はハリー・ポッターハリー・ポッターと騒ぎすぎです。
ハリー・ポッターシリーズをおもしろくないと思う人も当然いるのですから、「ハリー・ポッターはおもしろくて、大人でもはまってるんだから、みんな知ってて当然!みんな新刊を心待ちにしてたよね!」という押しつけがましい空気を醸し出すのは自重して欲しいです。
No title
わるものはとことん悪く、いいものは全面的に正しい、みたいなのが嫌です。悪いやつをだしにして、主人公をより良く見せようとしてるとこが。
「チャーリーとチョコレート工場」もそんな感じで嫌でした。
イギリス人の好む少年像ってそういう感じなのかも。古いとこでは「オリバー」もそんな感じ。けなげな少年が悪い悪い悪者を倒して幸せになるというストーリー。
あと、ハリーの名前を聞いた雑魚魔法使いどもが「なんとあのポッター様でしたか!」みたいにチヤホヤするのも嫌でした。「そういうふうにチヤホヤされるのを見ると読者は自分に重ねあわせてうれしがるとでも思ってんのかよ」と。まあ嬉しがる人は多そうですがw。
このシリーズはくだらないと思ってるんだけど、でも、みんなが(ミーハーが)面白い面白いって言ってると、ちょっと気になるんですよね。
だれか、ツッコミどころを網羅したダイジェスト本とか出さないかな。
ところで、他のページも見ましたが、いろいろ考えてるみたいですね。最初は「悩んでる悩んでるw」と笑いながら読んでましたが、だんだんこっちの頭が混乱してきました。
あなたは相当マトモだと思います。マトモというか、人に迷惑をかけないで生きなきゃ、と思ってる、世間的には「立派な人」なのだと思います。で、そういう人が、エキセントリックなエントリを書いたり、そうかと思うとアクセス数を上げようと努力してたりしているようだから、「何なんだろうこの人は」と思ってしまうのです。人生を達観したようなエントリを書いてるかと思うと、それが苦しいというような文章もあったりする。
人が嫌い、みたいな事を書いているのに、自分の気持ちをネットに吐露したりしてたりする。死ぬのはこわくないといってるのに、食品の賞味期限偽装には厳しかったり。
責めてるわけじゃありません。なんかこう不思議なのです。これは矛盾なのだろうか?それともご本人の中ではちゃんと理屈がつけられてる事なのだろうか、と。
あなたの文章を読んでると論理性を感じるので、そういう人が「矛盾」をどう解決しているのだろうか、と。
アメリカとかの優秀な科学者がキリスト教を信仰していると知った時の不思議さと同じです。